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浦和地方裁判所 昭和38年(行)3号 判決 1964年1月29日

原告 岸野博子

被告 川越税務署長 関東信越国税局長

訴訟代理人 加藤宏 外五名

主文

原告の被告関東信越国税局長に対する訴を却下する。

原告の被告川越税務署長に対する請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の申立。

一、原告。

被告川越税務署長が原告に対し昭和三七年九月一五日なした原告の昭和三五年分所得税及び資産再評価税の各賦課決定をいずれも取消す。

被告関東信越国税局長が原告に対し昭和三八年四月九日なした原告の昭和三五年分所得税及び資産再評価税に関する審査請求を棄却するとの決定をいずれも取消す。

訴訟費用は被告等の負担とする。

二、被告両名。

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二、請求の原因。

一(一)  所得税課税処分。

1、被告川越税務署長は、昭和三七年九月一五日、原告の昭和三五年分所得税について、所得税額二三三、六一〇円、無申告加算税額五八、二五〇円と決定し、これを原告に通知した。

2、これに対し原告は同月一八日同被告宛再調査請求書を提出したところ、同被告は同年一一月二四日、所得税額二三二、八三〇円、無申告加算税額五八、〇〇〇円と減額再更正し、同月二九日再調査請求を棄却する決定をなし、これを原告に通知した。

3、これに対し原告は同年一二月二一日被告関東信越国税局長に対し審査請求書を提出したところ、同被告は協議団の協議を経て昭和三八年四月九日被告署長のなした前記処分は正当であり原告の審査請求は理由がないとしてこれを棄却する旨の審査決定をなし、同月一五日これを原告に通知した。

(二)  資産再評価税課税処分。

1、被告署長は昭和三七年九月一五日再評価税額四、六二〇円、無申告加算税額一、〇〇〇円と決定し、これを原告に通知した。

2、これに対し原告は同月一八日被告署長を経由して被告局長に対し審査の請求をしたところ、被告局長は協議団の協議を経て昭和三八年四月九日審査請求を棄却する旨の審査決定をなし、同月一五日これを原告に通知した。

二、被告署長の右課税処分は、原告が別紙物件目録(一)記載の不動産(以下本件不動産という)を訴外榎本マサに、同(二)記載の不動産(同上)を訴外榎本政雄にそれぞれ贈与した(昭和三五年二月二九日その旨所有権移転登記をした)ことに基き、原告に譲渡所得があるとしてなされたものである。

三(一)  ところで本件不動産は原告の父榎本新吉の所有であつたところ、昭和二九年五月二三日同人が死亡し、相続人である同人の妻きち並びに同人の子榎本馬吉、同志満及び原告が共同相続したが、(新吉はその所有財産の大半を馬吉の妻マサに遺贈したので、原告等相続人はその遺留分財産を相続したものであり、本件不動産はその一部である)他の相続財産を含めて遺産分割をした結果、原告及び志満が共有取得したものである。

(二)  原告及び志満は生家の財産の散逸を避ける意図であつたが、相続を放棄すると全相続財産は馬吉の取得するところとなり、馬吉は生家を離れて別居し家業を顧みない状態にあるので、同人に全相続財産を取得させることは生家の存続を危くし、家業に専念している同人の妻マサや政雄(馬吉の長女あいの夫)等家族の生活に脅威を与える結果となると考え、原告及び志満において一応相続分を相続し、これをマサ及び政雄に無償で贈与することにした。

(三)  本件不動産の贈与は右の事情に基くものであり、原告は当初から本件不動産を所有する意思はなく、受贈者であるマサ等の所有とする目的で相続したのであり一時原告名義を経由して登記手続を整えたもの、すなわち形式的に一時所有者の形をとつたものに過ぎない。そうでないとしても無償贈与であつて何らの対価を収受していない。結局原告においては本件不動産を所有した実態はなく、又これを譲渡したことによる所得はないのであるから所得税及び資産再評価税を課せられるいわれはない。

四、ところが被告署長は前記のとおりの課税処分をなし、被告局長は被告署長の右処分を正当と認めて原告の審査請求を棄却した。被告等の右各処分は実質をみない形式的処分であり、実質課税の原則、負担公平の原則に反し所得税法第五条の二の解釈適用を誤つた違法がある。よつてその取消を求める。

第三、被告川越税務署長の答弁及び主張。

一、請求の原因事実中第一、二項及び第三項の(一)の事実はいずれも認める。同(三)及び第四項は争う。

二、原告は、その主張のとおり、本件不動産を榎本マサ及び榎本政雄にそれぞれ贈与したことに基き、昭和三五年分所得税について所得税法第五条の二、第九条第一項第八号、第二六条所定の譲渡所得の確定申告書を、又資産再評価法第四条ノ二、第九条第一項、第四七条、同法施行規則第八条所定の申告書をいずれも昭和三六年三月一五日までに被告署長に提出すべきであつたにもかかわらず、これをなさなかつたので、被告署長は所得税法第四四条、資産再評価法第六六条により原告主張のとおりの各決定をした。ところが前者に対し原告から再調査の請求がなされたので調査したところ、当初の決定の一部に誤りがあると認められたから原告主張のとおり減額再更正をなし、再調査の請求を棄却した。

三、原告は、形式的に一時所有者の形をとつたに過ぎないと主張するが、相続人である原告は法定の手続による相続放棄の申述をしなかつたのであるから、法定相続分に応じた権利義務を当然承継したものである。したがつて本件不動産の贈与は、原告が相続により名実共にその所有権を取得したうえでの処分行為としてなされたものである。

四、原告は本件不動産の譲渡が無償贈与であつて対価を収受していないから課税の対象にならないと主張する。しかしながら、譲渡所得に対する課税は、資産移転の段階において、それまでの資産の増加益が前所有者に既に帰属しているとの見地に立ち、資産がその者の支配から離れた際に課税の清算を行うという考方に基いているのである。

すなわち、譲渡所得は、資産を売却することによつて始めて実現する(資産の売却価額が取得価額や譲渡経費を上廻る場合にその差額が譲渡所得を構成する)という考方ではなく、譲渡所得の基因である資産利益は資産そのものの値上りという形で既に発生しており、これを、資産が売買であれ贈与であれ、その所有者の支配から離れる際に清算しようという考方に立つている。したがつて、たとえ資産が無償譲渡され、従前の所有者が資産譲渡について何らの対価を得ていない場合においても、譲渡所得に対して課税がなされることになる。所得税法第五条の二の規定はかような税法上の理論的根拠に基くものであるから、対価を収受していないから課税の対象にならないという原告の主張は失当である。

以上のとおり、原告に対して被告等のなした各処分には取消すべき違法はない。

第四、被告関東信越国税局長の答弁。

原告の被告局長に対する請求は、その主張する違法原因がいずれも原処分の違法を理由とするものであり、行政事件訴訟法第一〇条第二項によると、原処分の違法を理由として裁決の取消を求めることは許されないから、本件取消請求には何らの違法原因の主張がないことに帰する。

第五、証拠関係<省略>。

理由

第一、被告関東信越国税局長に対する請求について

原告は、被告局長に対し、同被告がなした審査請求棄却の裁決の取消を求めているが、その理由とするところは裁決が違法な原処分である被告署長の決定を正当として容認したものであつて取消を免れないというのであり結局原処分の違法のみを理由とすることに帰着する。

ところで行政事件訴訟法第一〇条第二項によると、処分の取消の訴とその処分についての審査請求を棄却した裁決の取消の訴とを提起することができる場合には、原処分の違法は原処分の取消の訴においてのみ主張することができるとされ、原処分を正当として審査請求を棄却した裁決の取消の訴においては裁決に固有の違法のみを主張すべきであつて、原処分の違法を理由として取消を求めることはできないとされている。このように裁決取消の訴における主張理由が制限されているのは、原処分を取消す旨の確定判決が関係行政庁をも拘束することから(同法第三三条第一項)、原処分により違法に権利又は利益を侵害された者は、違法事由を同じくする限り、原処分の取消を求めれば足り、原処分の取消の他に裁決の取消を求める利益がないからである。

本件所得税賦課処分及び再評価税賦課処分に関しては、その処分の取消とその処分についての審査請求棄却の裁決の取消の訴が提起できる場合に該当するから、原告の被告局長に対する本件裁決取消の訴は原処分の違法のみを理由としては提起できない場合に該当し不適法な訴として却下を免がれない。

第二、被告川越税務署長に対する請求について

一、請求の原因事実のうち第一項ないし第三項の(一)の事実については当事者間に争いがない。本件における争点は、要するに原告の本件不動産贈与が譲渡所得として所得税課税の対象となるか否かにあるのでこの点について検討する。

二、原告は、本件不動産につき登記簿上一時所有名義を経たに過ぎず、原告において所有の事実はないと主張するけれども、被相続人の遺産につき原告が相続放棄をしなかつたこと、共同相続した遺産を分割した結果本件不動産を原告と志満において共有取得したこと(以上いずれも当事者間に争いがない)などによれば、原告が志満と共同で本件不動産を所有するに至つたことは明らかであり、単に形式上所有名義を得たに過ぎないものとはいい得ない。原告や志満が亡新吉の遺産を、同人の跡を事実上承継しているマサや政雄に取得させようとし、そのための方便として右のような経過を辿らざるを得なかつた事情は弁論の全趣旨に照して充分首肯できるけれども本件不動産が新吉の死亡によりその相続人でないマサや政権に当然帰属すべき筋合のものでないことは自明でありり、換言すれば、本件不動産は原告や志満が相続により一旦これを取得し、更に同人らの意思に基く処分、すなわち贈与によつて始めてマサ等にその所有権が移転したのであるから原告や志満の前記意図や事情は本件不動産の所有権が原告や志満に帰属したものとすることに何らの消長を及ぼすものではない。すなわち登記手続はこれを反映したものに他ならない。

三、次に原告は、無償譲渡であつて対価を得ていないから課税の対象にならないと主張する。しかしながら所得税法第九条第一項第八号にいわゆる譲渡所得が課税の対象とされているのは、資産の利益が当該資産そのものの値上りという形で発生し、それが所有者に帰属しているから、その資産の増加益を所得としてこれに課税するという基本的課税理論に立脚するものである。

ところで資産の値上りによる増加益を所得としてこれに課税する場合、厳密にいえば、当該資産の市場価値の一年内の増加額を毎年査定し、これに対して課税すべきであるが、かような方法は技術的に困難である。そこでこの所得に対する課税の時期を資産譲渡の時という特定の時にした、すなわち、資産の値上りによる増加益がある年間に生じた場合でもこれに対して課税することなく、資産が売却されるなどして所得が現金その他に換価されたときに始めてその年分の所得として課税の清算を行うことにしたのである。すなわち、これを規定したのが所得税法第九条第一項第八号である。ところで右の資産の換価が適当な期間内に行われる限り課税の時期は所得の発生時より若干遅れるに過ぎないが、譲渡所得に対して課税されることにより所有者は資産の換価を延引する傾向があり、換価が延引されれば課税も又延期されることになり、納税者は本来ならば課せられるべき税負担の相当部分を免れることが可能となる。これを防止するため、資産が贈与により処分された場合にはその時に増加益が実現したものとみなしてこれを計算し、贈与者の所得に算入することにしたのである。すなわち同法第五条の二第一項にいわゆる「みなし譲渡」はかような考方に基く制度である。したがつて結局資産の値上りによる増加益(譲渡所得)は、当該資産が、有償にせよ無償にせよ、その所有者の支配を脱して他へ譲渡される際従来の増加益が実現し、又は実現されたとみなされこれに課税されるのであつて、譲渡に際し対価を得たか否かは課税の対象としての資格を左右するものではない。ただ、相続による資産の移転の場合は本人の意思に基かない権利義務の当然承継であるから(包括遺贈、相続人に対する遺贈、死因贈与はこれに準ずる)、被相続人の保持していた資産増加益は当然相続人が承継し、相続人が当該資産を相続前から所有していたのと同視されて「みなし譲渡」の対象とならないのである。原告は前記のとおり本件不動産を相続により取得し、被相続人新吉が保持していた本件不動産の増加益を承継したのであり、本件不動産をマサ等に贈与したことにより、その際はじめて増加益が実現されたものとみなされて、その主張のとおりの課税処分を受けたものである。

もつとも、所得税において資産の値上り益自体を所得と考え、資産が無償で贈与されたような場合にまでこれに課税するという課税理論は、納税者の立場からみれば常識的に納得し難いものがあることは想像に難くないところから昭和三七年法律第四四号による所得税法の改正(昭和三七年分以降の所得税に適用、所得税法の一部を改正する法律附則第二条)は、第五条の二に第三項を加えて一定の要件のもとに「みなし譲渡」の規定の適用を除外する道を開いた。

四、以上説示のとおり本件不動産の贈与は所得税法第五条の二の規定によりみなし譲渡として課税の対象となるものである(なおこれが課税の対象となる場合に算出される前記各税の金額については原告は明らかにこれを争つていない。)から本件各課税処分はいずれも適法であつて原告の主張は理由がない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 長浜勇吉 伊藤豊治 萩原孟)

(別紙)

物件目録(一)

一、大宮市大字大和田一丁目八四番の二

一、宅地      九七坪二合七勺

二、同所 八五番

一、山林      四反二畝六歩

三、大宮市堀ノ内二丁目五五番地

一、家屋一棟     建坪四四坪

物件目録(二)

一、大宮市大字大和田一丁目四六六番の二

一、宅地      五六一坪

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